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福岡高等裁判所 昭和33年(う)895号 判決

控訴人 検察官

被告人 原口義晴

検察官 山根静寿

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右の罰金を納めることができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

検察官円藤正秀が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の唐津区検察庁検察官事務取扱検事片岡力夫作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、弁護人副島次郎の答弁の趣意は、同弁護人提出の答弁書に記載のとおりであるから、これをここに引用し、つぎのとおり判断する。

右控訴趣意及び答弁について。

第一、本件公訴事実の要旨及び原判決の判断。

被告人は、岩屋鉱業株式会社に採炭係として勤務し、東松浦郡厳木町所在同会社の通称岩屋炭坑において、坑内保安係兼発破係として、採炭現場における爆薬の装てん・爆破等の業務に従事するものであるが、昭和三二年七月一八日午後一一時頃同炭坑坑口より四、一七七メートルの地点にある立川一昇右一片五号払の採炭現場において、同払全域の炭壁に爆薬カーリツト一〇〇グラム物を装てんし、肩(坑口より奥に当る方)より順次爆破したところ、その振動により、未爆破の炭壁約二二メートルが崩壊し、爆薬二二本が埋没するに至つたが、かかる場合、発破係としては、不発爆薬の発見に努めて、これを回収又は爆破せしめた後、採炭夫をして作業させ、危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠り、採炭夫等に対し、「ダイナマイトの爆破してないものがあるから、用心せよ」と伝えたのみで、自ら右崩壊現場に臨み、採炭夫等に不発爆薬の発見につき適切な指示を与えずに採炭作業に従事せしめたため、同日午後一一時四〇分頃採炭夫松坂馨(当二三年)が、作業中、その附近に埋没していた爆薬が爆発するに至り、よつて同人に対し治療約六ケ月を要する顔面・胸部爆傷・両眼挫傷の重傷を負わせたものである

という公訴事実に対して原判決が、所論摘示の理由により、被告人に過失ないしは、業務上の過失責任を認めることができないとして、無罪の言渡をしたことは、原判決文により明らかである。

第二、当裁判所の判断。

一、控訴趣意に対する判断の前提となる事実の認定。

所論について検討を加えるに先き立つて、まず、原審において取り調べた証拠及び当審における事実取調の結果に基いて、

(一)  本件事故が、どのような状況の下において、どんな経過をたどつて発生したかの事実関係を確定する必要がある。

(1)  原判示日時、原判示払(はらい)の採炭現場における発破作業の模様について。

この五号払(はらい)における発破作業(同炭坑では、採炭は、ほとんど発破採炭を行つている。)に従事していた、保安係兼発破係員である被告人は、その際、爆発カーリツト一〇〇グラム物(以下、爆薬あるいは、通常の炭坑用語に従つて、マイトというが、爆薬あるいはマイトとは、すべて爆薬カーリツトを指す。)を、全長六六メートルの払全域の炭壁に、一、六メートルないし二メートルの間隔で千鳥形に、合計六〇本全部一回に装てんし、採炭夫全員を肩(かた)と深(ふけ)(肩とは、坑口より奥に当る方。深とは、坑口の方。)の双方の待避所に待避させた後、肩の方から、そのうち数本づつを何回にも分けて、つぎつぎと電気で爆破をして行き、六回にわたつて、合計三八本のマイトを爆発させ、いずれも発破をした効果があり、合計約四四メートルの炭壁を崩すことができた。ところが、右第六回目の発破をしたとき、その爆発の振動によつて、まだ発破をしていない、隣接の炭壁(右第六回目の発破をしたところより深の方に当る炭壁)が、一挙に約二二メートルにわたって、炭壁一メートルについて約一トン半位崩壊したため、そこにすでに装てんされていたマイト二二本が、未爆発のまま、発破母線・雷管の脚線(以下原則として、母線・脚線という。)とともに埋没してしまつて、発破することができなくなつてしまつた。

(2)  本件事故発生に至るまでの間における被害者の行動とその認識について。

このように、払全域の炭壁の中の約三分の二に当る部分の発破が終つただけで、払全域の発破作業が終了したわけでなく、その余の三分の一に当る部分の炭壁は、爆破の振動によつて崩壊し、この崩壊した炭壁の中に、未爆発のマイトが装てんされたまま埋没したという状況の下において、肩の待避所に待避していた本件被害者松坂馨(以下単に被害者という。)その他の採炭夫は、当時被告人の位置していた深の方から『発破は良かぞ』という、発破が終つた旨の逓伝があつたので、これに基いて、それぞれ予め定められている自己の受持区域の仕事場に出て行つた。そして、被害者が、自己の受持区域(崩壊した約二メートルの部分のほぼ中央部分に当つている。)に来て見ると、同坑内は、真暗やみで、わずかに自己の頭につけたキヤツプランプの光の照らす範囲の約五メートル位だけしか視界がきかないところではあつたが、右受持区域は、相当大きな炭塊をなした壊れ方であつたので、マイ卜が鳴つていないところであると直感した。というのは、発破したところであれば、石炭は粉々になつているはずであり、逆に、マイトが鳴つていなくて、振動によつて炭壁が崩れた場所であれば、炭塊が大きな塊をなしているという相違があることを、自己の経験上(掘進夫として一年半位の経験があるが、採炭夫となつたのは、本件事故発生の少し前である。)十分知つていたから、特別の注意を払うまでもなく、直観して、このことが分つたわけである。

なお、その上、採炭責任者の田中沢二郎が、被害者の持場に廻つて来て、『用心しろ。マイトは鳴つとらんぞ。脚線が出たら、爆破させてもらうから、出しておけ』と注意を与えて行つたので、被害者は、未発マイトが埋没していることを十分知つていたと認めるに十分である。

このように、未発マイトが埋没していることを十分知つていた被害者は、右田中の注意もあつたので、この注意に従つて、埋没している脚線・母線探しをはじめた。

ところが採炭現場に敷設されているコンベヤーの運転が、すぐ開始されたので、被害者は、脚線・母線探しに従事する一方、同時に、採炭能率を上げるため、すぐにも採炭ができる状態にあつた炭塊をコンベヤーの方に運んでのせていた。それというのも、採炭夫らは、全部請負制で、入坑者全員のプール計算方式が採られていたため、できるだけ能率を増進させようという意識がどうしても働き、かつ、現場のコンベヤーの運転が開始されたことと相まつて、未発マイトが埋没していることは十分承知しておりながらも、一方では、石炭を運び出す採炭の仕事にも同時にかかつていたものであることが明らかである。

(3)  被害者側に存在する、本件爆発事故発生原因の究明について。

被害者は、埋没した発破母線・雷管の脚線を探し出す場合の方法について、ツルハシを使用することが、雷管に衝撃を与えるおそれがあつて危険であることを、特別の注意を受けるまでもなく、採炭夫として本能的に知つていたものであることは、被害者の証人尋問調書によつて、明らかに認められるところである。

ところが、被害者が、母線・脚線探しに従事しているとき、突然未発爆薬が爆発し、公訴事実に記載のとおりの傷害を被害者が負うに至つたのである。

およそ、本件爆薬が爆発するには、雷管に何らかの衝撃が与えられることが必要であると考えられるところ、本件の場合、被害者と隣り合せで働いていた採炭夫梶本清が、爆発寸前に被害者がツルハシを使つていたことを目撃していること、被害者の受けた傷害の中、両眼の部分において、最も重傷であるという事実、及び右の爆発事故が、被害者の行為と全く関係のない原因に基いてひき起されたものと考えられる徴候が本件において見当らないことを綜合すれば、本件爆発事故発生の原因は、被害者は、その時ツルハシを使用していなかつたと頑強に否認してはいるものの、実際には、石炭の大きな塊を割るため等に、これを使用したため、誤つて附近に埋没していた未発爆薬の雷管にこれを打ちあてて、衝撃を与えたためであろうと推量するのが、相当というべきである。

(二)、つぎに、被告人の過失責任の有無を判断する前提の一として、この際、被告人が、事前にどのような災害防止の措置を講じていたかを明らかにする。

(1)  被告人の与えた指示・注意、採つた措置。

深にいて、振動による炭壁崩壊を知つた発破係員の被告人は、深に待避している、五号払の採炭責任者田中沢二郎を含む採炭夫一四、五名に対して、『炭壁がかえつて、発破が鳴つていないから、用心して脚線・母線を探してくれ』と指示・注意を与え、なお、右田中に対して、『自分が、できないので、注意してやらしてくれ』と頼んだだけで、未発爆薬の完全処理をまたずに現場を離れたまま、直接指導の任に全く当らず、採炭夫らに対して具体的な、適切な指示・注意、ことに、埋没した雷管の脚線・発破母線の探索に当つては、ツルハシ等を使用してはならない旨の指示・注意を与えなかつたことが明らかである。

(2)  被告人が現場に臨んで、直接に指揮監督しなかつた理由。

発破係員の被告人は、一つには、そのとき位置していた、崩壊した部分の最も端の深に引きつづきとどまることは、炭壁がさらに崩壊するおそれがあつて、危険であると考えたのと、一つには、前記炭壁崩壊による炭塊が、自己の左足首に当つて負傷したこととにより、現場を離れて、足を見てみないと安心できないような気持に陥り、従つて、現場に臨んで一々直接に指揮監督することができないと考え、かつ、埋没した母線・脚線を探し出すこと位は、別に危険な仕事でもないから、その必要もまたなかろうと考え、その結果、現場に臨んで一々直接に指揮監督するの挙に出なかつたものであると認めることができる。

(3)  被告人のこの怪我についての判断。

被告人は、現場を少し離れたところに赴き、そこで、自己の頭につけていたキヤツプランプの光で足の様子を検べて見たところ、打撲で赤くなつていて、しびれた程度のものであることを知つた。この怪我は、もとより動けないほどの怪我でもなく、また特別に手当・処置を要するほどのものでもなく、また現実にそれをしたわけでもなく、その後七、八分から一〇分位後に起きた本件爆発事故発生により、驚いて忘れ去つてしまつたという程度のものであつたことが認められる。

(三)  同じくその前提の二として、同炭坑において、爆発の振動によつて、隣接の未爆発の炭壁が崩壊し、その崩壊した炭壁の中に、未爆発の爆薬が装てんされたまま埋没してしまつたというような事例の場合に、従来、被告人が、どのような処理方法を採つて来たかを明らかにする。

従来、同炭坑において、本件の場合のように一挙に二二メートルもの炭壁が、振動によつて崩壊したというような事例を、被告人は一度も経験したことがなく、あつても、二、三メートルからせいぜい五メートル位の崩壊に出会つたに過ぎなかつた。こうした場合において、被告人がこれまで採つて来た処理方法は、もし、簡単に母線・脚線(発破母線の長さには石炭鉱山保安規則により制限があり、それは一五メートル以上であり、また雷管の脚線の長さは一メートル余と一定している。)が発見できる場合であれば、発破係員の被告人が、自らこれを取り出し、もし、簡単に発見できないような場合であれば、被告人が、その場にいて、採炭夫を使つて炭塊等を取り除けさせて、母線・脚線を取り出し、いずれもこの取り出した母線・脚線を結線した上で、マイトを爆破させて処理していたことが認められる。

二、控訴趣意一(被告人に課せられる注意義務)に対する判断。

以上に認定のとおり、払全域の炭壁の中、約三分の二に当る部分の発破が終つただけで、払全域の発破作業が終了したわけでなく、その余の約三分の一に当る部分の炭壁は、爆破の振動によつて崩壊し、この崩壊した炭壁の中に、未爆発の爆薬二二本が装てんされたまま埋没したという、本件の具体的状況の場合において、

(1)  まず第一に、この場合の未爆発の爆薬の処理方法について考えるに、

石炭鉱山保安規則等に別に規定も見当らず、また、不発の場合とも明らかに異るのであるから、この規定も当てはまらない。結局、発破係員が、常識的・合理的に判断して、危険でないと考えられる処理方法、すなわち、爆薬そのものを探し出して取り除くことは、むしろ危険であると認められるから、これを避け、埋没した発破母線・雷管の脚線を探し出して、母線と脚線を結線の上、爆薬を爆発させるという、同炭坑の従来の、最も普通の処理方法が、この際も採られるべきであることは、是認できるところである。

(2)  つぎに、この発破母線・雷管の脚線の探し方について考えるに、これまた規則も規定もないわけであるから、発破係員は、右の具体的な場合において、最も妥当と思われる方法を採らなければならないことは、もとより当然である。

発破係員は、発破をした箇所において、危険または危険のおそれが多いときは、ただちに採炭夫らめ立入禁止の処置をしなければならないと規定する石炭鉱山保安規則第一九二条第一項第一号の趣旨からいつても、また、発破係員は、爆薬による危害の発生を未然に防止し、もつて、とかく危険率の高い坑内労働者の生命身体を不測の災害より保護すべき任務を業務上遂行する地位・責任を持つものであることからいつても、埋没した発破母線・雷管の脚線を探すに当つて、責任者として、自らこれに当るのを原則とし、本件の場合のように、未発爆薬を埋没するに至つた炭壁崩壊が広範囲かつ大量に及ぶため、自ら単独で処理に当ることができないと考えられる場合には、発破係員は、自ら現場に臨んで、自己の直接の指揮監督の下に採炭夫を補助者として、埋没した発破母線・雷管の脚線の探索に当らせることは、もとより差支えないものと解される。但し、この補助者を使用する場合においても、発破係員は、その職責上から、また最も豊かな知識と経験とを有すると認めるべきものであることから、まず、未発爆薬が、崩壊炭壁中のどんな位置・範囲に存在すると推定されるかの具体的な状況を調査の上、方針を樹立し、これに基いて、自己の使用する補助者に対して、直接に適切な指示・注意を具体的に与え、ことに、未発爆薬の雷管に衝撃を与えるおそれのあるツルハシ等の器具を使用させないようにし、もつて危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものと解するのが相当である。思うに、本件の場合、発破係員が、自ら現場に臨んで、直接に指揮監督して、補助者としての採炭夫に対して、適切な指示・注意を与えることなく、ことに埋没した発破母線・雷管の脚線の探索に当つて、ツルハシ等の器具を使用してはならない旨の指示・注意を与えることなく、採炭夫をして右探索に従事させるときには、採炭夫が、ツルハシでもつて、雷管に誤つて衝撃を与えるおそれがあることは、本件の場合、発破係員として当然予測すべきであり、また予測できるところであると認められる。すなわち、本件の場合、前記証拠によつて明らかなとおり、爆薬カーリツトそのものは、さほど鋭敏なものでなく、また、発破母線・雷管の脚線そのものは、何ら爆発する性質のものでないが、これに反して、爆薬カーリツトに挿入される雷管は、非常に鋭敏な、危険なものであり、この雷管の衝撃によつて、爆薬カーリツトが爆発する仕組になつており、雷管の脚線の長さは、僅かに一メートル余であることが認められること、並びに採炭夫は、全部請負制であることと、発破の効果のあつた前記約四四メートルの採炭可能の場所における採炭作業に引きずられがちであることのため、採炭夫において、採炭能率を上げようとする能率増進の意識が、とかく安全第一主義の意識に打ち勝ち、未発爆薬の埋没していることを知りながらも、なおかつツルハシ等の器具を使用するおそれの多いことは、いずれも、前記具体的状況の下において、被告人として当然容易に予測できたところであると解し得られるからである。このように、被告人は、採炭夫が、ツルハシ等を使用することが容易に予測できたにもかかわらず、採炭夫に対して『発破が鳴つていないから、用心して脚線・母線を探してくれ』と伝え、または伝えさせただけで、自ら現場に臨んで、直接に指揮監督して、補助者としての採炭夫に対して適切な、ことに、前記の特別の指示・注意を与えることなく、採炭夫をして右探索に従事させたのであるから、被告人に前記業務上の注意義務の違背があることは明白であるといわねばならない。

(3)  ところが、原判決の理由によると、「本件の場合、採炭夫らは、いわゆる全くの素人ではなく、爆薬の危険性につき十分の知識と経験を有する者と認められるから、未発爆薬発見の方法・取扱の心得等まで教示する必要はなく、単に未発爆薬のあることだけを告知すれば、責任を全うしたというべきである」旨判示する。

なるほど、爆薬が、爆発の危害を招くおそれのある、危険なものであることは、普通の常識ある者であれば、原判示にいういわゆる全くの素人であつても、知つていることであるというべきであり、本件の場合においても、またその例外ではなく、被害者もこのことを認めていることは、原判示の指摘するところでもある。しかしながら、原判決にいわゆる、発破係員としての被告人に課せられている、災害の発生を未然は防止するに必要な周到細心な注意義務とは、原判決のいうように、爆薬そのものの危険性に対してではなく、右の具体的な場合における、爆薬の爆発を招来するおそれのある行為、中でもツルハシ等の器具を使用する行為に対する注意義務と解すべきである。従つて、原判決にいわゆる被害者の有する、爆薬の危険性についての知識経験とは、実は、本件の場合にツルハシ等を使用することが危険であることについての知識経験という意味であると理解するにしても、被害者が、この点の知識経験を有することから、実際にも、補助者としての被害者が、そのとおりツルハシ等の使用はしないものと、被告人において予測できる状況にあつたかどうかを考えるに、被告人として、被害者がツルハシを使用するおそれが多いことを容易に予測できる状況にあつたことは、前記認定のとおりであるから、この予測しうる事態に備えるべきであつたものというべきであり、従つて、本件の場合、補助者としての被害者(採炭夫)が、爆薬の危険性を熟知していたとしても、発破係員としての被告人の右注意義務に影響を来たさないものと解する。原判決が、被告人自身が前記の注意義務を果したかどうかを検討せずして、被害者が爆薬の危険性を十分に知つていたことを理由に、このことから直ちに、被告人に法律上非難すべき点はない旨判示したのは、発破係員の業務上の注意義務に関する解釈を誤り、ひいて事実を誤認したものというべきであり、この誤認は、判決に影響を及ぼすこと明らかである。原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

三、控訴趣意二(被害者の過失との競合)に対する判断。

(1)  原判決は、その無罪理由の第二として、「かりに、被告人に過失責任があつたとしても、本件爆発事故は、被害者が不注意にも爆薬に衝撃を与えたという、被害者自身の重大な過失に基因するものというべきであるから、被告人の過失責任は、それによつて遮断されるものといわねばならない」と判示していることは、所論摘示のとおりである。

(2)  原判決が、本件爆発事故は、被害者が不注意にも爆薬に衝撃を与えたという過失に基因するものと判示したことは、さきに一の(一)の(3) 爆発事故発生原因の究明の項において認定したところからも明らかなように、そのこと自体は、正当というべきである。

およそ、行為者の過失に被害者の過失が競合して結果の発生を来たした場合、被害者もまた、社会の一員として、危険の発生を防止する義務を負つているものであることは、もちろんであるが、刑法上、行為者の過失の刑事責任を論ずるに当つては、行為者に過失のあることが明らかに認められ、行為者の過失によつて構成要件に該当する事実を発生させたものと認め得る限り、たとえ、被害者の過失も相まつて、右結果が発生したと見られる場合であつても、行為者は、過失の刑事責任を負い、被害者の過失の介入は、行為者の右刑事責任に消長を来たさないものと解するのが相当である。本件の場合についていえば、被告人には、前記の注意義務懈怠による過失があり、この過失によつて被害者に傷害を負わせたものであることは明らかであるから、たとえ、被害者の過失もまた一因をなして、結果の発生を来たしているとしても、このことは、被告人の刑事責任に影響を及ぼすものではないというベきである。原判決が、結果の発生が被害者の過失に基因することを理由に、直ちに、被告人の過失責任は遮断されると判断したのは、法令の解釈適用を誤り、ひいて事実を誤認した違法があるといわねばならない。そして、この違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は、この点においても破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

四、控訴趣意三(期待不可能性)に対する判断。

(1)  原判決は、その無罪理由の第三として、「本件の場合、被害者は、爆発の危険性について十分の知識経験を有するものであるから、通常人が、被告人の立場にあつたとしても、被告人の採つた措置以上を期待することは不能というべきである」と判示して、期待不可能性をその理由としていることは、所論も摘示するとおりである。

(2)  本件業務上過失傷害の責任を論ずるに当つて、被告人が前記注意義務を遵守し得なかつたことについて、刑法上被告人を非難できるかどうかを考えるに、前記一の(二)の(3) 被告人の怪我についての判断の項その他に記載したところから明らかなとおり、被告人の怪我は、動けないほどの怪我でなく、また特別の手当、処置を要するほどのものでもなかつたこと、及び被告人は、前記注意義務を遵守して、本件結果の発生を回避する能力を十分有するにかかわらず、その能力を発揮しなかつたものと認め得ること、その他本件の前記具体的状況を総合すれば、被告人が右注意義務を遵守しなかつたことについては、十分非難するに値するものというべきである。本件の場合、右注意義務の遵守が期待できないものと認めるに足る事情は全く存在しないというべきであるから、期待不可能性による過失責任の阻却は認め得ないものと判断する。

この場合、たとえ、被害者が、爆薬の危険性について十分の知識・経験を有していたという事情があつても、そのため、右注意義務の遵守を期待することができないという関係にあつたとは認め得ないものというべきである。それにもかかわらず、原判決が、右の事情の存在をもつて、期待可能性がないと判断したのは、法令の解釈適用を誤り、ひいて事実を誤認した違法があるといわねばならない。そして、この違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は、この点においてもまた破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

以上により、弁護人の答弁は理由がないこと明らかである。

第三、破棄自判。

右の理由により、刑訴法第三九七条により、原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書に従い、本件についてさらに判決する。

一、罪となるべき事実。

被告人は、岩屋鉱業株式会社の坑内保安係兼発破係員として勤務し、佐賀県東松浦郡厳木町にある同会社の通称岩屋炭坑で、採炭現場における爆薬の装てん・爆破等の業務に従事するものであるが、昭和三二年七月一八日午後一一時頃、同炭坑坑口から四、一七七メートルの地点にある立川一昇右一片五号払(はらい)の採炭現場において、同払全域の炭壁に爆薬カーリツト一〇〇ダラム物を装てんし、肩(かた。坑口より奥に当る方。)から順次爆破して行つたところ、爆破の振動によつて、未爆破の炭壁約二二メートルが崩壊し、爆薬二二本がこの中に埋没するに至つた。発破係員としての被告人が、このような埋没した未発爆薬を爆発して処理しようとするに際し、採炭夫を補助者として使用し、埋没した発破母線・雷管の脚線を探し出す作業に当らせる場合においては、自らその現場に臨んで、直接に指揮監督して、適切な指示・注意を、採炭夫に一々具体的に与え、ことにツルハシ等の器具を使用させないようにし、もつて危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、採炭夫に対し、単に『発破が鳴つていないから、用心して脚線・母線を探し、くれ』と伝え、または伝えさせただけで、自ら右崩壊現場に臨んで、採炭夫に前記の適切な指示・注意、ことに、埋没した右発破母線・雷管の脚線の探索に当つて、ツルハシ等の器具を使用してはならない旨の指示・注意を与えることなく、採炭夫をして右探索に従事させたため、同日午後一一時四〇分頃採炭夫松坂馨(当二三年)が、作業中使用していたツルハシを、附近に埋没していた未発爆薬の雷管に打ちあてて該爆薬を爆発するに至らせ、よつて、同人をして治療約六カ月を要する顔面・胸部爆傷、両眼挫傷の重傷を負わせたものである。

二、証拠の標目。

1、当審公判廷における被告人の供述。

2、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書。

3、医師浦田義治・同飛松一正の松坂馨に対する診断書。

4、司法警察員作成の実況見分調書。

5、原審第三回公判調書中の、証人田中沢二郎・上野健二の各供述記載及び当審における上野健二の証人尋問調書。

6、松坂馨の司法警察員に対する供述調書及び同人の原審・当審における各証人尋問調書。

7、西村徳松の司法警察員に対する供述調書及び同人の当審における証人尋問調書。

8、梶本清の司法巡査に対する供述調書及び同人の当審における証人尋問調書。

9、片山敏の検察官に対する供述調書。

三、法令の適用。

被告人の判示行為は、刑法第二一一条前段・罰金等臨時措置法第二条・第三条に当るから、定められた刑の中で、罰金刑を選択し、定められた罰金額の範囲内で、被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、右罰金を納めることができないときは、刑法第一八条により、金二五〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法第一八一条第一項本文により、被告人に全部負担させることとする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 横地正義)

検察官の控訴趣意

原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は「被告人は岩屋鉱業株式会社に採炭係として勤務し、佐賀県東松浦郡厳木町所在同会社の通称岩屋炭坑において坑内保安係兼発破係として採炭現場における爆薬の装填、爆破等の業務に従事するものであるが、昭和三十二年七月十八日午後十一時頃、同炭坑坑口より四、一七七米の地点にある立川一昇右一片五号払の採炭現場において、同払全域の炭壁に爆薬カーリツト百瓦物を装填し肩(坑口より奥に当る方)より順次爆破したところ、その振動により未爆破の炭壁約二十二米が崩壊し、爆薬二十二本が埋没するに至つたが、斯る場合発破係としては不発爆薬の発見に努めてこれを回収又は爆破せしめた後、採炭夫をして作業させ危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、これを怠り採炭夫等に対しダイナマイトの爆破していないものがあるから用心せよと伝えたのみで、自ら右崩壊現場に臨み採炭夫等に不発爆薬の発見につき適切なる指示を与えずに採炭作業に従事せしめたため、同日午後十一時四十分頃採炭夫松坂馨(当二十三年)が作業中、その附近に埋没していた爆薬が爆発するに至り、因て同人に対し治療約六カ月を要する顔面、胸部爆傷、両眼挫傷の重傷を負わせたものである」との公訴事実について、被告人に過失乃至は業務上の過失責任を認めることができないとして無罪の言渡をした。

一、原判決はその理由として「被告人は発破係責任者として極めて危険率の高い行為を業務的に遂行する任務に携つているのであるから法律上常に危害の発生を未然に防止するに必要な周到細心の注意義務を負わされていることは言う迄もないところであるが、本件の場合、採炭夫等は爆薬の危険性につき十分の知識経験を有するものと認められるから、未発爆薬発見の方法、取扱の心得等まで教示する必要なく、単に未発爆薬のあることだけを告知すれば責任を全うしたというべく、その他何等の措置を執らなかつたとしても法律上非難すべき点はない」としている。凡そ坑内保安係や発破係としては発破をした箇所において、危険又は危険の虞が多いときは、採炭夫等鉱山労働者に必要な指示を与え、ただちに立入禁止、作業の中止その他の応急処置をしなければならないことは、石炭鉱山保安規則第二十五条の二第四号、第百九十二条第一号に明定せられており、これら規定の趣旨並に危険度の多い鉱山労働に従事する者の生命身体を不測の危害より特に保護しようとする鉱山保安の観点から本件の如き未発爆薬の処置については当然坑内保安係兼発破係なる被告人において自らこれに当るべきものであつて、先ずこれが万全の処置を講じた後採炭夫等をしてその作業に従事せしめなくてはならない業務上の注意義務があるというべきである。(記録第一〇〇丁乃至第一一〇丁、被告人の司法警察員に対する供述調書、同第一一一丁乃至第一一三丁、被告人の検察官に対する供述調書)ところが被告人は五号払全域の炭壁の一部の発破を終つただけで、その余の炭壁は本件の如く振動により崩壊し、又未だ発破を掛けない区域もあつて、払全域における発破作業を終了しておらず且つ未発爆薬の埋没した炭壁崩壊箇所が約二十二米の比較的広範囲に及んだ状況でもあるので、仮令発破母線並に脚線の探索の如く、通常殆んど危険を伴わない作業を発破係の補助者として採炭夫等をして為さしめることは何等差支えないものと思われても、被告人としては本件未発爆薬の存在する範囲を一番よく知つているのであるから、先ず該未発爆薬が崩壊炭壁に如何なる状況に在るか、即ち露出して直に回収できるか或は埋没しているため脚線を探索し、母線と結んで爆破させる要があるか等を調査し、自己の使用する補助者に対しては、これら未発爆薬の存在範囲、母線、脚線等の探索の順序、方法を指示し、特に探索に際しては未発爆薬の雷管に衝撃を与える虞のある鶴嘴、スコツプ等器具の使用を絶対に禁止する等の注意を与える業務上の義務があるに拘らず、現場が採炭夫等に対して漫然「ダイナマイトの爆破していないところがあるから用心して脚線等を探し出せ」と伝えたのみに止つていることは明かに右業務上の注意義務を懈怠したものと言わなければならない。(記録第四七丁乃至第五四丁西村徳松の司法警察員に対する供述調書、同第四一丁乃至第四六丁被害者松坂馨の同様供述調書、前掲被告人供述調書、記録第六一丁乃至第六三丁片山敏の検察官に対する供述調書)、又このことは補助者が原判決の判示理由にいう素人であると爆薬の危険性につき十分な知識経験を有する者であるとにより、判示理由の如き差異を認むべき合理的根拠に乏しいものといわなければならない。何となれば採炭夫は採炭作業に従事するを本業とし、発破係の補助をなすことは例外であるから、補助させる場合には未発爆薬の探索に専念するよう格別な指示を与えるを要し、これを指示しないで探索と採炭を同時に行わせるときは採炭夫はどうしても採炭能率を上げんとして鶴嘴等の器具を使用する虞が多いことは容易に予測し得られるからである。従つて採炭夫等に対しダイナマイトの爆破していないところがあるから用心して脚線等を探し出せと伝えたのみで判示理由にいう如く発破係の注意義務が果されたものとは到底認められないところで、被告人は自ら崩壊現場に臨んでその状況を調査することを為さず、且つ採炭夫等に前記の如き適切なる指示注意を与えなかつたのであるから業務上の注意義務違背があることは明白である。(前掲被告人供述調書、記録第五五丁乃至第六〇丁梶本清の司法巡査に対する供述調書)

二、次に原判決はその理由として「仮に被告人に過失責任を認むべきものがあつたとしても、被害者は自己の知識経験によつて爆薬の危険性を熟知しながら、被告人の坑内伝令により未発爆薬の在ることを知つて母線、脚線を探索中、不用意にも爆薬に衝撃を与えた結果本件爆発事故を惹起するに至つたことは、極めて明らかであつて、その事故は全く被害者自身の重大な過失に基因するものと言うべきであるから、被告人の過失責任はそれによつて遮断されるものと言わねばならない」としている。本件爆発事故は被害者松坂馨が崩壊した炭塊を割るのに鶴嘴を使用したために起つたことは明らかで、(前掲梶本清供述調書)同人は未発爆薬が存在し、鶴嘴を使用すると危険であることを知つていた(記録第八四丁乃至第八七丁証人松坂馨供述調書)のであるから、本件事故が被害者の過失にも基因するものと考えられるが、被告人には発破係の補助者として使用する被害者松坂馨のみならず、その他の採炭夫等に対し前記のとおり鶴嘴の使用を厳禁しなかつた業務上の注意義務欠如があるので、被告人において鶴嘴使用禁止の注意を与えていたのに採炭夫がこれを無視して使用したために事故を生じた場合には因果関係の不存在乃至は中断を認めるを相当とするも、かかる注意警告が毫もなされておらない本件の場合においては、被告人の業務上の過失責任は被害者松坂馨の過失により中断されるものとは解すべきではなく、寧ろ双方の過失の競合により本件事故が発生したものと解するを相当と思料する。

三、更に原判決はその理由として「被害者は勿論、その他の作業員も共に坑内採炭夫である以上常に発破作業にも従事し、爆薬の危険性につき十分の知識経験を有する者達であることが想像されるのであるから、本件のような場合、通常人が被告人の立場にあつたとしても被告人の執つた措置以上を期待することは不能と言うべきである」としている。然し坑内採炭夫は常に発破作業に従事しているものではなく、発破作業は発破係員に専属し、採炭夫はこれに従事できないことが通常であつて、本件の場合の如く発破係の補助者として発破作業の一部を補助することは異例であり、又本件のような場合通常人が被告人の立場にあつたとしてもと仮定する判示にいう通常人とは一般人を指称するのか、坑内保安係兼発破係の職に在る通常の者を指すのか明確でないが、前者であれば不当であることは勿論であり、後者であれば前記の如き注意義務に基き補助者に対し崩壊現場の状況に応じた適切なる指示注意を与えて作業させる所為に出ることが当然の事由と思料せられるのであつて、この期待可能性がないとの理由は全く原判決の独断との譏を免れないと考える。

以上のとおり原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄せらるべきものと信ずるので、速かに原判決を破棄して有罪の裁判を求めるため控訴申立に及んだ次第である。

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